みんなはどう?

決して特別に裕福とは言えないただの一般家庭に生まれたが、小さい頃は、出かける度に何かを買ってもらわないと気が済まない奴で、メモ帳やらぬいぐるみやら、色んなものを買ってもらっていた。
母は、自分が小さい頃には欲しいものを簡単に買ってもらえなかったからと、我が子には出来るだけ欲しいものは買ってあげたいと言い、沢山買ってくれた。
大きくなって、私は普通の公立の小中学校に通って、普通に部活をしていたけれど、兄は中学でサッカーのクラブチームに所属して、チームウェアや遠征など、とにかくお金が掛かる生活だった。おかげで高校はスポーツ推薦で合格した。推薦ではあるが、学費の免除は無く、私学なだけあって、これまで以上にお金が掛かった。だからといって決して生活が苦しいなんてことはなかったし、今まで通りの生活だったが、私はどこかで「はやく自分のものは自分で買えるようにならないと」というような使命感を感じていた。
しかし、兄の楽しそうな高校生活を見て、私も同じ高校行きたいと思い始めたのもまた、この頃だった。お金が掛かるのは分かっていたし、両親の負担になることも、公立に行くことが一般的な進路であることも分かっていた。しかし、どうしてもそこに行きたいと思った。両親は兄に続く私学への進学を止められなかった。止められるとは思っていなかったし、正直止められても押し切る覚悟ではいたが、この選択をすることに多少の罪悪感があった。
合格するまでに、塾に行って、たくさんのお金をかけてもらった。合格してからも、もちろんお金は沢山かかった。
高校に入ってからは、大好きなアーティストのライブへたくさん行けるようになった。部活をしていたから、バイトはできなかったので、そのお金も、親が払ってくれた。ノリも半分混じりつつも、「親のお金だから」と言って、他にも沢山の物を買ってもらって、高校生活を楽しんでいた。
しかし、ずっと頭のどこかに「自分はなんてお金のかかる子なんだろう」とか「ただでさえ私学に通わせてもらってるのに」とか、そんなことがよぎっていた。だから、引退したらすぐにバイトを始めようと思っていた。
そんなタイミングで、兄が大学と並行して専門学校に通い、さらに仕事に就き、実家を離れることが決まった。兄は、さらにお金がかかる道を歩んだ。夢のためだから、それを親も止めなかったし、私も応援していた。
しかし、それらによって私の中の使命感が自然と増した。部活を引退して、夏休みからバイトを始めた。趣味を充実させるため、自分の欲しいものを買うため、必死に働いた。バイトの掛け持ちもしたりした。働いていくうちに、今まで自分が手にしたことのない金額が、自分の口座に入っていた。すごく嬉しかった。これでやっと、自分のしたいことを自分のお金でできる。ずっと思い続けてきた使命感を、どこか達成できた気がした。少しの贅沢も、「自分で稼いだお金だから」と思えば、惜しくなかった。むしろ、心地よくて幸せだった。
しかし、周りはバイトなんて全然しなくても、親のお金でやりたいことも欲しいものも充実できる人達が沢山いて、自分のお金で贅沢をする幸福よりも、そのほうがもちろん楽だろうなぁと、羨ましかったし、それができるなら、きっとしていたんだろうなあと思った。
周りから「働きすぎだ」「そんなに働いてなにがしたいの?」と軽いノリで笑われることもあった。別にそれは嫌じゃなかったし、ノリだと分かっていたから、私を見下しているわけではない。実際自分でも、なんでこんなに働いているんだろうと思うことももちろんあった。自分の趣味のためだから、というのはもちろんそうだけれど、別にそれだって親の金で全て出来る人もいるし、きっと自分もお願いすれば出来るのを分かっていたからだ。
けど、昔からずっと、兄を見てきて、お金がかかるのも知ってる上で、自分も、ただでさえ人よりお金のかかる道を選んでるのを見てきたので、やっぱり頼めなかった。お金がかかる、とは言っても、周りの家庭からしたら「なんだそれだけか」というくらいの金額かもしれないけれど、それでも一般家庭で育った私にとっては、相当な金額だった。

それに私は、要領のいい兄とは違い、受験も、学校の成績も全てが劣っていた私は、「自分でお金を稼ぐことくらいしか親孝行ができなかった。しかし私が悲しかったのは、兄より要領が悪かったことではない。

兄は高校生の時、部活で多忙な日々を送っていたので、まともにアルバイトはしていなかったけど、部活を頑張る兄に、両親は色々なものを買い与えていた。もちろん必要だったからであるし、それを妬むわけではなかったけど、兄にはたくさんのものを買い与える両親は、バイトをしているというだけで私にはあまりお金をかけてくれなかった。お金を要求すると、嫌な顔をされている気がした。兄は部活を頑張っているからバイトができないから仕方ない、でも私は普通の高校生活を送り、平凡な部活に入り、すぐに引退したから、バイトをして当たり前だ。そう言わんばかりの態度だった。私だって、頑張ってきたんだけどな。でも、要領は良くないし、親には本当に迷惑をかけてばかりだったから、仕方ないのかもしれないな。でも、兄妹でこの差はなんだろう。そう思うと、悲しかった。お金をかけることだけが愛情ではない、それは分かっているけど、やっぱり両親はこんな私よりもなんでもそれなりにこなす兄の方が、可愛いのかなと思った。

そして何よりも周りの子はみんなこんなこと考えたこともないんだろうということだった。同じ年に生まれて、同じだけ生きてきて、でも生まれた家庭が違うから。私学に通っているから、もちろん裕福な家庭の子が多いのは分かっていたけど、こんな高校にいるから、こんなに悩むのかなと思うと、兄に憧れて、やっとの思いで合格して勝ち取ったこの環境すら憎らしかった。そんな考えしかできない自分が、悔しかった。

お金があれば、お金さえあれば、こんなことに悩まなくていいのに。そんな気持ちが芽生えた。お金より大切なものがあることを、分かっているはずなのに、そんなことを考えてしまうのが虚しかった。お金より大切なものがあることを分かっているのは、お金をある程度持っている人だけだと知った。当時の私にとっては、お金は目に見える幸福であったし、心を充実させる一番の道具だとおもっていた。

正直今でもそうやって考える時があるし、きっとこれからも考え続けるけど、いつか本当の大切なものに出会えたら、この呪われたような思考に、トドメを刺したいと思う。